++ I surely meet you ++
天下統一は昔からの野望であった。
それは政宗に限ったことではなく、一度この乱世で覇を唱えた男であらば願望を抱かずには入られないものである。
だから、元就と出会った時はとても驚いたのだ。
強さを求めるわけでも、自由気ままな生き方を選ぶわけでもなく、今まで出会った人々の中で元就は異彩を放っていた。それこそ粋な道を好んで歩く政宗の興味を惹いてしまうくらいにだ。
国を守りたいと望むのは政宗とて同じだった。
だがそれだけではこの乱世は終わらない。何処かが闇に蝕まれていつのならば、いつの日にかその侵食は自分の足元まで忍び寄ってくるだろう。
健やかに過ごしていたはずの農民達の一揆は、それを政宗にまざまざと見せ付けた。
挙兵は彼らの訴えを聞き届けた間もなく。自身としては遅すぎたのかもしれないと政宗は苛立ちを隠せなかった。
各諸侯がそれえぞれ睨み合ったまま動けない状況に慎重にならざるおえなかったが、禍々しき戦の焔が全てを嘗め尽くしてからでは遅いのだ。
戦いは武士の務め。土地を耕す民達の手を汚させては、何のために自分達がいるのか分からない。
そんなこと前から重々承知であったというのに自分は何故躊躇っていたのだろうか。
小さな焦りを抱きながら、政宗は一揆衆と別れて西へと旅立った。
もしかしたらあの不思議な男にもう一度出会えるかもしれないという淡い期待もあった。
再会は確かに実現した。
――こんな形は決して望んでいなかったのに。
「……毛利、か?」
「ふん……貴様は農民如きを先導してまで天下とやらが欲しいのか。業深き低俗な竜めが」
敵から奪い取った城の牢で、元就は縛られていた。
出会った時は互いに敵対者ではないが油断できぬ相手として対峙していたが、それよりもずっと冷ややかで憎悪にも似た鋭い眼差しが政宗を無言で非難する。
そんなつもりじゃなかったと言葉は脳裏に過ぎるというのに、喉を真綿で絞められた様に声がどうしても出ない。
結果的にはそう思われても仕方ないだろう。
政宗を信じてくれた一揆衆は同じように志を抱き、農民達が平和に暮らせるよう彼らを試みない領主をことごとく攻め立てた。その混乱があったからこそ政宗は、一揆衆が特に恐れていた織田を打ち倒して天下に一つ近づけたというのは分かっている。
けれど顔馴染みの一揆衆頭領である少女が嬉しそうに報告してきた、倒した国の名を聞いて政宗の笑顔は凍り付いた。
可能性がなかったわけではない。
人々の中を行き交う噂話は惨たらしいものばかりで、本人も見下しながら身分を弁えろと冷たい視線を持ってして口にしていたから、考えればすぐに行き着いたはずだ。
「小娘を垂らし込んで天下を平らげたとて、はたしてそれが如何程に長く続くことか。愚考極まりないな」
「俺はっ!」
違うと言いたかった。だが結果的に元就をこのような場所に閉じ込めたのは、政宗が一揆衆を本気で止めようとしなかったためだ。
彼らの意志は固く、一刻も早く自分が天下を取らねば治まることを知らないだろう。
感じていた焦燥感のまま、それでも政宗は必死に戦って此処まで来たというのに。
「俺は……アンタと戦う気なんてなかった」
やっとの思いで絞り出せた声音は、野望を滾らせていた独眼竜と呼ぶには酷く弱々しかった。
いつきを励ました時はあんなに自信溢れた言葉を出せたというのに。
元就にかけられるものは、こんなにも無意味で気遣いなんかじゃない自分の保身のための台詞しか出てこない。
それがとても哀しくて、元就の言うように愚かだとしか思えなかった。
「今更何をいうか。……我は、貴様に処刑されるのだと連中の方針が決まったらしい。さぞかし恨み辛みがあるのだろう」
自分が殺されるというのに元就は嘲笑うように鼻で笑った。
一揆衆達に散々罵られたのだろうが、そんなこと微塵も気にしていない風である。殴られもしたのだろう痛々しい頬の痣が、政宗に重苦しく現実を突き付けてくる。
ここに来る直前、いつきから元就の様子を聞いている。
彼女はやや憤慨したように彼と戦いの中で交わした会話を教えてくれた。
冷たい目をしていたと少しだけ怯えながらも、元就からぶつけられた刺々しい言葉に怒りを隠せなかったようだ。
それでも彼女が元就をその場で討ち取れなかったのは、敵もろとも攻撃されていた毛利の者達が必死で彼を守ろうとする姿を間近で見てしまったからだった。
緑のお侍は悪いお侍なのになんで皆守ろうとしたのだろう、といつきは政宗に答えを求めた。
けれど彼が知っている答えを、少女も一揆衆の皆も納得しないだろうと分かりきっているからこそ政宗は口を噤むことしかできなかった。
元就は確かに恐れられている。
国のため家のためならばどんな非道なことでさえやり遂げる。
それは裏を返せば、汚名をかぶり続けてもなお必死で祖国を守ろうとする姿であるのだ。天下を望まぬのも興味が無い以前に、多くを望めば失墜することを恐れているようにも思える。
毛利の家臣も民も、それを知っている。
怖くても。相容れなくても。誰も分かってくれなくても。逃げ出さずにいるのは、確かな信頼が少しでも存在するからこそだろう。
慕おうと想う理由には十分すぎる何かが元就にあるからこそ――。
ああ、そうか。
何となく感じてはいたが、元就に対して想っていた感情の正体がようやく分かった。
戦ったわけでも、親睦を深めたわけでもないのに、一度の会合でこれほどまでに惹かれてしまったのは。
「俺にアンタを殺せって? 冗談じゃねぇよ。ようやく会えたんだぜ」
「独眼竜?」
訝しんだ元就に、政宗は笑った。
人が人を好きになる理由に深い事情など必要は無いのだ。一度であれど繋がりを持てば、それだけだって十分過ぎるだろう。
自分は、元就のことが好きなのだ。
それだけがはっきりしているのならば、余計なものは要らない。
「いつきには悪ぃが、俺にはアンタが必要だ」
そう言って政宗は手を躊躇することなく牢の中へ差し伸べた。
こんな再会は望んでいなかった。
ならば――もう一度、望んだ形で出会うために。
「アンタのHomeまで送ってやる。短い逃避行と洒落込もうじゃねえか!」
- END -
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2のいつきストーリーから派生ネタ。
本当はもっと暗い話でしたが、祭の趣旨にそぐわないので改変してみました。
(2009/6/23)
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