て ふ て ふ


 禍々しき根の国から生えてきたような、魔王の城はとうとう陥落した。
 既に限界であった政宗は脇腹を抑えることもできずに、勝利した安堵で地へと身体を引き摺られた。視界に広がる美しい空に、彼は自然と笑んだ。

 嗚呼。
 ちょっとは、あんたらのためになれただろうか――。



 * * *



「やっと起きたか」

 次に目を覚ましたのは、野営地であった。
 遠目に安土城の亡骸が見えたから、決戦の後にそのまま兵士達を休ませるための処置だろう。残党兵達を率いていた小十郎ならば、それが第一だと考えるはずだ。ようやく彼等は主君の仇を討ち取れたのだから。

「……で、アンタは?」
「ふん。魔王を討った小僧はどうしているだろうか見物しにきたのだが、阿呆面さらして眠っているとは、期待した我が愚かであったな」
「なんだっ……っ」

 思わず反論しようと身体を起こすが、相変わらず傷口は傷む。触れると熱を膿んでいるのが良く分かる。あまり動かない方がよいだろう。
 もう織田信長はいない。
 急ぐ目的は果たされたのだから、ゆっくりと養生した方が身の為か。
 剣呑な光を映していた政宗の目が緩く和らいだことに気付き、先程から側で座っている男はそれを不思議そうに眺めていた。

「どうした疲れたのか」
「ん……まあな。アンタ達が――いや、アンタが来てくれてよかった」

 握力がいまだに戻らぬ手を這わせ、最早温もりさえも思い出せないほど昔に触れたことのある細い指先へと自身の手を絡めた。

「俺、さ。少しだけ怖かったんだ」

 天幕の向こうから聞こえる喧騒を楽しみながら、政宗は小さく笑った。
 大勢の人間が笑っている。生きている。
 災厄に呑まれずに済んだ沢山の命が、そして傍らにいる人の命が、温かい鼓動を鳴らし続けている。
 守ったものや得たものへの安心感が浮かびながら、けれど一抹の遣る瀬無さが心の奥底で今も燻っていた。
 こんな風に曝け出すことなんて小十郎にだって今はもうない。
 本来であれば、この人の前でだって吐き出したくなかった。
 だが戦いはようやく終わった。この国に巣食う闇は晴れたのだ。
 自分を叱咤し続けてくれた右目も、ついてきてくれた部下達も、共に駆け抜けた好敵手も此処にはいない。
 だから――少しだけ。

「あの日、川中島への乱入を目論んでから今日まで、目の前で見てきたどんな死よりもあいつらが崩れ落ちて行った様が忘れられなかった」

 瞼を瞑れば、蘇るのは最後まで偽っていた女を許し微笑んだ血塗れの男。
 唇を噛み締めれば、思い出すのは美しい髪を乱して涙を流しながら男を想い続けた女。
 独眼竜、と願うように自分の名を呼んだ彼女は、常世で愛しい男と再会できただろうか。
 哀しい二人の面影は、魔王も死神も屠った後でさえ陽炎のように揺らめいて政宗の脳裏に深く刻まれている。

「俺達も、いつか死に別れる日が来てしまうのかと、柄にもなく怖くなって、それを振り払うようにずっと刀を握り締めていた。六爪さえ握れなくとも、結わえて無理やりにでも柄を放したくなかった」

 滑稽な話だろ、と政宗は自嘲した。
 この戦いで奇跡のような同盟が果たされても、いずれ政宗は天下を掌握しようと乗り出す事実は変わらない。そして西国最大の壁ともなろう者は、目の前にいるこの人なのだ。
 こうして絡めた掌から伝わる鼓動を、自分はいつかこの手でしとめに行かねばならないのかと思うと、酷く泣き叫びたい気分に陥った。
 その日が来たら。
 自分は、どうするのだろう。
 考えてしまうときりがなかった。

「蝶が、迎えにくると」
「え?」

 黙って泣き言を聞いてくれていた男は、ふと思い出したかのように呟いた。
 俯き加減であった頭を政宗が持ち上げて見ると、彼が浮かべるにはとても珍しい類の笑みがそこにあった。
 出会ってから今まで一度も見たことの無い、優しい顔をしていた。

「大陸であったか琉球であったか、外の国の伝承らしいがな。……死する魂は蝶が迎えに上がる。その蝶がつがいであれば、死しても片割れをすぐさま見つけ出せるやもしれぬな」

 この人がこんなことを言うなんて、と驚きの表情を隠せず、政宗はただ瞠目する。
 自分を慰めてくれているのか、或いはただそういった伝承があることを言いたかっただけなのかは分からない。
 分からないけれど――。

「……ああ、きっと。探し出せるだろうな」

 それはきっと、とても美しい幻想なのだろう。



「なあ毛利」
「む……?」

 去り際、天幕から出て行きかけた彼を引き止め、政宗は尋ねた。
 お前は俺の蝶を見つけてくれるか、と。
 男はさも当然だと言わんばかりの尊大な態度で嘲笑い、目を細めた。

「それは貴様の役目ぞ」

 元就の背中越しで、宴の炎が大きく爆ぜた。
 夜空に舞い散りながら消えていく火の粉の光は、命を燃やして飛び立つ蝶のようだった。



 - END -


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あまりの絡みの無さに妄想してみました。すみません。
一期アニメの政宗は、きっと浅井夫婦のことを忘れない。
(2009/6/20)


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