の中の宴


 政宗は木製の格子越しに、誓い言を交わすように囚人の手の甲へと恭しい口付けを贈った。
 思わぬ行為に息を呑んだ元就の動揺が面白いくらいに伝わり、僅かに肌を食みながら政宗は上目遣いでその反応を楽しむ。ぴちゃりと湿った音が暗い室内でやけに大きく聞こえてしまい、やられている方としては羞恥心を揺さぶられる。
 そうして恥じるように顔を逸らし、握られたままの手を必死に引き寄せようとする仕草は逆にそそられてしまうのだ。
 空いていた手を格子の中へと素早く滑り込ませ、嫌がる身体を無理やり引き寄せる。牢の隔たりがなければもっと心地良かっただろうが致し方ない。近付いた玲瓏なかんばせをごく間近で眺めることができ、思わず溜息が零れ落ちた。

 唇での蹂躙から甘噛みへと変わり、徐々に袂を掻き分けて手首から肘へと舐めるように触れていく。動脈の上の薄皮を愛撫するように、ゆっくりと政宗は白い肌を味わっていった。
 抵抗できぬと知った身体はびくつきながらもただ耐えている。
 翼をがれた小鳥のような弱々しさに捕獲者は深い笑みを映し、最後に指先を思い切り噛むとようやく手を放した。
 突然の痛みに驚き元就が身を引くと、呆気ないほど振り解けた。じくじくと鈍痛を伝えてくる箇所を見下ろせば、赤い痕が楔のように残されていた。政宗の犬歯が突き刺さった部分からは血が滲んでいる。
 囚人が視線を険しくして顔を上げる。僅かに唇へ付着していた元就の血を、片目の竜は見せ付けるように舐め取った。
 自分を見つめている隻眼は見たことも無い類の感情が灯っていて、思わず元就は背筋を震わせた。これでは捕食者に狙いを定められた哀れな獲物ではないか。
 擡げた自尊心を奮い立たせてみても、本能的に察してしまう正体の見えぬ恐怖感はずっと治まらなかった。
 政宗が今何を考えているのか、それすらも分からない。
 何故自分を生かして、奇妙な触れ方を繰り返すのか。意図が読めないからこそ得体の知れなさにらしくもない怯えが走るのだ。
 ただ分かってしまったは――自分がこの竜に喰らわれてしまうのだということ。

「さぁて時間は幾らでもある。Partyは始まったばかりだぜ?」

 さも可笑しそうに口の端をつり上げて竜は今度こそ笑い声を上げた。
 ここにいるのは籠の鳥。
 生かすも殺すも愛でることも、自分の掌一つで容易な事。
 何て素晴らしいことだろうと政宗は歓喜に打ち震える。今までどんなに望んだって側にはいられなかった。手を伸ばしたくとも決して願ってはならない想いだった。
 だがその隔ても既にこの手で取り払った。
 政宗は牢屋の中を酷く穏やかな気持ちで眺めながら、己の心を満たす最高の言葉を紡いだ。元就にとっての呪いの言霊を。

「アンタは俺のもの。忘れるな」

 近いうちに実現するだろう甘い夜を思い浮かべながら満足気に笑う男を、ただ元就は静かに見つめていたがやがてはその目も伏せた。



 - END -


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完全にバッドエンド仕様ですが、政宗的には幸せ。
(2009/6/19)


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