優しい嘘をついた日


 某月某日。

 例の奴がまた奥州にやって来た。
 追い返そうにも招いたのはこちら側であるから、屋敷へ上げぬわけにもいかず朝から頭痛を覚えた。案内してやったというのに礼も無しだ。我が物顔で歩かれるよりはましだが、それにしては他国の主の館であるのに高圧的な態度に変わりがない。
 ある意味才能かと皮肉ろうとしたが、自分としては関わりたくない人種なので何も言わずに部屋を辞した。
 毎度ながら政宗様は何故あのような者へと懸想しているのか、理解ができない。

 そういえば明日は、異国で嘘を付いて良い日だと政宗様が仰っていた。
 伊達軍はお祭騒ぎのように楽しむが、まさか奴にまで教えているのだろうか。
 あれがそんな馬鹿な行事に付き合うわけがないような気もするのだが、意外と政宗様の我儘は認めたくないのだがよく通る。奴は奴なりに想っているのかもしれない、伊達の執政としても右目としてもあまり芳しくは無い傾向だ。
 これからも注意しよう。



 某月某日。

 昨夜から二人は同じ部屋で過ごしていたのだが、朝様子見がてらにお越しに行けば何やら奇妙な空気が漂っていた。
 この上なく気味が悪かったが、奴はいつもの無表情を隠すように朗らかに笑っていて。
 我が主君といえば、世間を喰ったかのような態度は何処へやら。始終相手にべたべたと触りながら、笑ったり怒ったり拗ねてみたりと子供のようにくるくると表情を変える。
 思わずそっと戸を閉めてしまったほど、可笑しな光景である。
 だが政宗様は感情を抑えるのに長けてはいるが元々起伏が激しい御子であらせられたから――奥州筆頭として相応しくあろうとなさっているから分からないだけで――そういった面も持っているのはよく知っている。
 もしかしたら自分の見ていないところでの二人は、いつもこんな感じなのかもしれない。一方的ではない、恋仲として。
 けれどもそれとは少し違ったようにも感じたのは、政宗様が今日の執務を一切取り止めて、飯の用意も全て断ったことだ。
 伊達家の当主が自炊を初めて台所は阿鼻叫喚図であったらしい。彼らにも仕事というものがあるのだから、少しは気まぐれも自重していただきたい。
 幸い、仕事の方はあらかた片付いていたから問題はなかった。
 奴を誘っていたからこそ、日々の消化を早めていたのだろう事は自分にも分かっている。

 ともかくそうやって今日一日政宗様は身の回りのことを全て自分で賄い、手が空けば自室でのんびりと寛いでいた。その傍らには常に奴がいて、政宗様の髪を気安いほど優しい手付きで梳いていたのを見た時は何だかばつの悪い気分になった。

 だから、二人がどんな会話をしていたのか詳細は知らない。



 某月某日。

 まるで昨日の事は嘘だったかのように、二人の関係はいつもの様子へと戻っていた。
 奴は何を考えているのか分からない能面を貼り付けたような冷たい貌に。
 政宗様はつりあがった眼差しに皮肉気な笑みを乗せて。

 そして大した触れ合いも語らいもなく、次の約束さえもしないまま、奴は中国へと帰っていった。行きと同じように静かに去っていった。

 遠くなる背中をじっと見送っていた主に昨日の出来事を尋ねてみようかと逡巡していたら、向こうはどうやら気付いていたようで苦笑された。
 謝罪を口にしてから政宗様は困ったように笑われる。
 曰く、昨日は夢だったのだから、早く忘れろと。
 あんな切ないお顔で言われてしまえば、奴へと本心から想っているのは明白で。それに答えた奴もまた、愚かなくらいに本当は――。



 某月某日。

 まるで嘘だったかのような不思議なあの日の出来事は、それこそ幸せな嘘で作られた非日常だったのだろう。
 あれから幾度か二人は逢瀬を重ねたが、一度たりともあの哀しいほど甘い空気が漂うことはなかった。

 二人がどんな嘘をついたのか、言及はしない。
 けれどもしも俺の予想が当たっているのならば、また来年のあの日に答えは見つかるのかもしれない。



 某月某日。

 不器用なお二方が愛しくて仕方なくなる。
 嘘ではなくて、もう本当に言ってしまえばいいのに。見守っている方が一番歯痒いのですよ、政宗様。
 嘘の日の嘘は本当になるのですから、素直じゃない貴方にだってきっと言い出せますよ。
 こればかりは小十郎は手助けできませんからね。



 - END -


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季節外れだけどエイプリルフールネタ。
政宗のついた嘘はご想像にお任せしてますが、気になる方は後日おまけがついてくるのでそちらにどうぞ。
(2009/6/12)


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