夜空に願いを


「政宗殿、何を見ておられたのだ?」

 甲斐に訪れていた政宗は、高原から見上げる満天の夜空を一人仰いでいた。
 屋根の上からなかなか降りてこない奥州からの客人に、興味深げな視線を投げながら幸村が声をかけた。
 歴では秋だったが既に甲斐には寒々しい風が吹き付けており、日が落ちてしまえば吐息が白くなるほど冷え込む日が多くなっている。政宗が寒さに強いことを知ってはいたが、仮にも信玄からもてなすよう仰せ付かっているから、姿が見えなくなって探し回っていたのだ。
 そんな彼の事情など、政宗にとっては関係ない。
 庭先から自分を見上げてくる大きな瞳を一瞥して笑うと、再び瓦の上でごろりと寝そべった。

 標高が高いからか、妙に天球が近く見える。
 手が届きそうだと伸ばしてみても、それはまやかしなのだと分かっているから政宗はただじっと眺める。
 一等明るい星達が光るこの頃の空は美しい。
 青白い輝きは己が扱う雷と似て非なる色を灯し上げ、争う合う自分達をただ静かに見下ろしている。幾年も変わらない姿で淡々と傍観するのは高慢であろうか、それとも。

「うむ、今日も参宿がよく見える。明日もきっと晴れましょうぞ」

 勝手に上ってきた幸村が楽しげに空を見上げて、政宗は苦笑を禁じえなかった。

「お前、あれくらいしか判別つかねぇんだろ」
「ほ、北斗は見分けられますぞ!」

 慌てて言い繕う男に笑い声を上げながら、暗闇の中を横揃えに上げっていく三連星を愛しげに見やる。
 眩しいくらいに輝く夜空に思い浮かべるは、同じ夜の下で眠る彼の者の横顔。
 参星の御旗を守り続ける遠くの一途な男へと、どうか今だけでも安穏とした夜が与えられますようにと、いつも無意識に探してしまうあの星へ政宗は一人願うのだった。



 願う先のその人は、天に流るる大河を見上げては竜の泳ぐ姿を思い描いていた。
 川の向こうが北国の彼の元へも繋がっているのだと知っていたから、星には何も願わなかった。
 願掛けなぞしなくともいつかあの蟠竜は、天へと乗り出して此処へ来るのは遠い未来の話ではないのだから。



 - END -


...............................................................................................................
冬の空は参星。夏の空は天の川。
蟠竜=地を這う飛べない竜のこと。
(2009/6/10)


←←←Back