レイニィラディション


 青い花弁を不思議そうに見下ろす元就に気付き、政宗は歩みを止めて注視しているものの側へと近付いた。

 室内にいても湿気からじわじわと迫る暑さは変わらないから、ならばと少々肌寒い小雨の中へ散歩に繰り出したのは少し前の事。
 書置きを残したものの誰にも断りを入れず出てきたから、手元には政宗の所持していた傘しかなく、用意させようかと野暮なことを言い出した元就を無理やり引っ張り込んで此処まで歩いてきた。
 適当に城から降りて雨に濡れた梢を辿りながらも、政宗はしっかりと元就の手を握って先導し続ける。
 他ならない自分の膝元である。率先することさえできないなんて思われたくなくて、どくどくと弾む心臓の音を無視しながらあれこれと元就に話しかけていた。
 雨の中で外に出ることなんて滅多に無く、或いは慣れぬ地であったからか、元就はよく相槌を打ち返し逆に其処は何、此れは何、と尋ねてくれる。日が拝めず機嫌が悪いかもしれないと懸念していた政宗であったが、対話が成立している上で元就が自分の国のものに興味を抱いてくれていることが嬉しくてしょうがない。とはいっても政宗がそれを素直に態度で示すわけがなく、いつもの斜めな笑い顔を浮かべるだけだったが。

 特に目的もなく山の裾をぐるりと回るように歩き、そろそろお目付け役の者達がやきもきするだろうという頃合いになり、初めて自主的に元就の歩みが止まった。
 彼が見つけたのは、雨水をしっとりと含み艶やかな色彩を放つ紫陽花。
 何てことは無い青い花をまじまじと眺めている横顔を眺めながら、濡れぬようにと傘を寄せて政宗は面白そうに口の端をつり上げた。

「別に珍しいものでもないだろ。紫陽花なんてそこらに生えてるぜ」
「うむ……庭先にも植えておる」

 緩やかな動作で頷くが、元就は何やら腑に落ちぬようで眉を寄せる。
 その間政宗は一人紫陽花を見つめてみる。
 深い青は葉の緑色との対比が美しく、水滴が浮かび上がっていて幻想的だった。群生している紫陽花を覗き込もうとすると自身が好んで着込む蒼の衣の裾が視界に入り、まるで自分と彼のようだと政宗はこっそり隣を盗み見た。
 翠緑を纏う元就にはきっとどんな花だって似合うはずだ。
 百合、菊、撫子、藤、菫に牡丹――。様々な色合いの花々が脳裏に過ぎったが、大輪であれ小振りであれ、花の方が霞草の如く彼を引き立てる役にしかなれないだろう。
 そういえば青い花は、紫陽花以外に何かあっただろうか。
 普段から花を愛でる趣味はないため咄嗟には思い浮かばなかったが、目の前の鮮やかな青が元就の庭にもあるということが何だかこそばゆくて照れ臭い。
 花なんかに興味を持っていなさそうな元就が覚えているということは、それなりに普段から愛でていたということなのだろうか。
 紫陽花如きを自分に見立ててしまうなど何処ぞの姫君でもあるまいし、夢を見過ぎだと政宗は失笑した。
 そんな彼の甘い思考などいざ知らず、元就はしばらく花弁を観察していた目をついっと投げ掛けてきた。

「奥州の紫陽花は青なのか?」
「What?」

 何を言ってくれるのだろうかと微かながらも期待していた政宗だったが、的外れな質問に傘の柄を握っていた手がずれる。
 しかしあくまで元就は真剣だった。

「薄青は見覚えがあるが、このように深い色合いは初めてだ。我の庭の紫陽花なぞ、赤みがかって菖蒲や躑躅のような色をしておる」

 雨露に濡れることも厭わず、元就は指先で湿った花弁を撫でた。
 珍しいものを拝めたと機嫌良さそうに口元が綻んでいたのだが、生憎政宗の頭は別のことへと注がれている。
 花を愛でる元就は麗しい――が、その花の色がよりにもよって赤だとか紫というのはいただけない。
 過ぎった他の男の顔を思い浮かべてしまい、弛みかけていた政宗の顔は見る間に不機嫌なものへと急降下していく。

 花の色なんてどうでも良いことなのに、妙に苛立った。

「ったく俺は女子供じゃねえのによ」

 吐き捨てるように呟いて立ち上がった政宗は、おもむろに紫陽花を一房摘むとぶっきら棒な態度のまま元就の髪にそれを差した。
 突然の行為に固まったままの相手を無視して、やや乱暴な仕草で自分の方へと顔を向かせる。
 じっと正面から睨み付けるように見つめていると、意図を悟った元就が馬鹿馬鹿しいと溜息を吐き出した。

「そなたは何に対しても妬くな、政宗」
「It's a misunderstanding!」

 やや瞠目していた元就の眼差しが不意に優しげに映り、政宗は慌てたように顔を背ける。
 だがその手はしっかりと再び元就の掌を握り締め、仄かに上昇した体温を伝えてくれた。




「政宗、久しいな」
「おう。そういえば紫陽花の色、青くなったか? 持って帰った奥州の土で植え直したんだろ?」
「醒める様なというのは薄いが、青いぞ。見て行くか」
「青もいいだろ?」
「そうだな。三色揃って目には楽しい」
「……赤と紫も健在かよ」
「いや朝顔だ」
「小十郎ー! 青い朝顔の種って何処で手に入るんだ!?」



 - END -


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花にも嫉妬する乙女思考な政宗さん。
梅雨の紫陽花はとても綺麗だと思います。
「浮気」とか「心変わり」とかいう花言葉も有名ですが「あなたは美しいが冷淡だ」ってのもいいよね。
その辺も踏まえて、筆頭がやきもきしていたら可愛いと思います。
(2009/6/09)


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