* ま ど ろ み の 情 景 *


 執務を終わらせた頃には日も随分と傾いていた。
 澱みの無い足取りで向かう先は、二刻前に付いたという知らせを受けた政宗を待たせている室である。手の放せる状況ではなかったため、そのまま適当に持て成しておけと命じたまま随分と経っている。仮にも東北の覇者の一人である男を放置するなど無礼極まりないのだが、懇意なだけではない二人の間柄を承知している家臣達は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「おい、政宗?」

 客間で一等景色の良いとされている部屋を訪ねた元就だったが、途中でその足が止まった。
 見慣れた蒼の背中が柱に預けられたまま動かない。呼んでみるものの、いつもであればすぐさま反応を返すというのに振り向かない。
 右側からでは表情が読めないため、何事かと思い恐る恐る回り込んでみる。
 政宗は目を閉じていた。つり上がっている目元が和らぐと、少し幼い顔付きである。
 何てことは無い。温かな陽気に誘われてうとうととまどろんでしまったのだろう。少しだけ開かれた口元からは、規則正しく寝息が聞き取れる。
 思わず顔を綻ばせてしまい、誰も見ていないというのに慌てて元就は首を振った。

 奥州から飛ぶように旅をして中国まで来るのだから、流石の独眼竜も疲労を感じないわけはないだろう。到着したのも先程の事であるから、することもなく座っていれば睡魔に襲われるのも頷ける。

「しかしよく他国の主の居城にてこうも無防備になれるものだな……」

 眠っていてもこの男は端整であるのだな、と元就は妙に感心を覚えながらぼんやりと政宗の横顔を眺めた。
 前に遭った時よりも少し髪が伸びたような気がする。
 前髪も襟足も豊かな影を肌の上に落とし、そよ風に揺られている。色合いがアンタと似ていると楽しげに言ったのは政宗の方だったろうか。容姿に対して不精であると自覚している元就としては、よほど政宗の髪の方が綺麗だと思えた。近くで見たとき光に透けると飴色になるのだと気付いてからは、余計にだ。
 起こさぬようにとそっと指先を伸ばし、目の前の毛先へと触れてみる。
 案外柔らかいのだと知ってはいたが、こうして自発的に触ってみようかと試したのは初めてだった。
 いつもは与えられる熱を持て余している最中で、思わず、といった受動的な形で頭ごと掻き抱くから――。

「っ……」

 最後に会った日の夜の出来事を思い出してしまい、元就は反射的に顔を伏せて蹲った。
 散々みっともなく政宗の名を懇願しながら呼んでいたなんて、本当は信じたくない。けれど名を呼び腕を伸ばすと政宗は嬉しそうに目を細め、まるで至上の花の名を謳うように元就を呼ぶから、結局最後は済し崩しになる。
 馬鹿馬鹿しい話だが、嫌ではないのだ。
 敷布の中で自分達の似て非なる髪が混ざり合う情景が、嫌いでは無いから。

「全く貴様も良い身分よな」

 眉尻を下げて笑った元就は彼の隣に腰掛けて、じっと待ちながら眺めていただろう同じ景色を見た。
 これが二刻では確かに飽きる。
 元就は肩を竦めながら、今度はもっと早く構ってやろうかと次の会合の楽しみを見出すのだった。




 それから半刻ほど経ち、唐突に政宗は目を開いた。
 他人の敷地で完全に意識が落ちていたことに驚きながらも、通い慣れた元就の屋敷だから気が抜けてしまったのかもしれないと苦笑する。
 とはいえ寝てしまっている間に元就が来訪していたら、彼の機嫌を損ねるだろうと思えば焦りも覚える。
 折角こんな遠出をしてまで会いに来たというのに、初っ端から気まずい空気は味わいたくないのだ。
 瞬きを数回終えて、さあ立ち上がろうと背筋を正そうと力を入れる。
 しかし妙な重さを右肩に感じて、政宗は総毛立った。

「……何なんだこの状況は」

 見覚えのある髪の旋毛が視界の端に見える。ゆっくりと上下する細い身体から布越しに伝わる温もりは、既に慣れ親しんだ彼の者の熱。一定の調子で繰り返される吐息は、心臓を逆撫でするかのようにゆっくりと政宗の胸元を掠めていく。

「自分の屋敷だからって、無防備過ぎるだろうが」

 頭を抱えたくもなったが微かな振動で彼を起こすのも忍びなく、政宗は緊張する身体を見ぬふりして鈍い動作で頭を前へ向ける。
 さっきまで眺めていた庭の景色にはもう飽き飽きしていたはずなのに、何となく見え方が違うように思えるのは気のせいだろうか。
 徐々に上がる自分の体温と鼓動。
 今すぐにでも抱き締めたいが、向こうだって激務を終えてきた身だ。ゆっくりとは休ませたいと思う。
 思う、のだが――。

「これは生殺しだぜ元就……」

 深い深い溜息を吐き出しながら、政宗は紅潮した頬に左手を当てて途方に暮れた。
 会ったらすぐに抱き締めたいと思うほど夢中である相手が、心許してくれたかのようにすぐ側で転寝していれば己でなくともこう考えるに違いない。
 ああ早く起きろと念じながらも、むず痒い高揚感を感じて元就の寝顔を眺めていられるのも役得だと喜んでしまう自分がおかしく、政宗は口の端をつり上げる。
 そして自分よりも真っ直ぐで美しいと思っている髪を鼻先で掻き分けると、そっと元就のこめかみに唇を落とすのだった。



 - END -


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二人の身長差を妄想した時、必ずこのネタが浮かびます。
波乱万丈からこんな風な関係に落ち着く二人を考えるだけで幸せになれる。
(2009/6/06)


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