俺があいつで、あいつが俺で


 朝起きてみると、見慣れぬ天井だった。分厚い布団をかけていたはずなのに随分と薄手の物に変わっていて、これでは寒いだろうと思って手足を触るとひやりともしない。
 はて、昨夜はそんなに温かかったろうか。蓑虫のように包まって、小姓に火鉢の面倒を見てもらっていたはずだが。

「……やけに目線が低い……あっ?」

 半身を起こしてぼんやり呟いてみると、他人の声が同じことを言った。慌てて振り返ってみても誰もいない。
 まさかまさかと冷や汗を流しながら、もう一度声を発する。
 聞き覚えのある声。
 だが、自分の物ではない。

「嘘だろ……!」

 掌を見下ろせば、六爪を操るためにできた肉刺の痕は全く無い。骨ばっていた大きな手は、一回り小さく見えた。
 何よりずっと感じている違和感に、恐る恐る手を這わせてみた。
 右目が、ある。右側の視界が、ある――。
 久方ぶりに知覚した両目の世界は眩しくて、くらりと眩暈が起こる。

 嗚呼、誰か嘘だと言ってくれ。

 そんな願いも虚しく、誰かが自分を起こしにやって来た。
 引き戸の向こう側から紡がれた名前に、政宗は気が遠くなりそうだった。

「おはようございます、元就様」



 元から元就がお喋りではないのが幸いしたのか、とりあえず政宗は元就っぽい返事をしながらばれぬよう演じて今のところは平和だった。
 気付かれれば大騒ぎだろうことは目に見えている。
 第一、自分が今元就ならば中身は一体何処に――誰になっているのだろう。
 元就が伊達で目を覚ましているのならば、あちらはさらに酷いことになっているのかもしれない、と政宗は重苦しい溜息を吐き出した。

(元就に見られちゃいけないものは自室に置いていない筈だし、俺じゃないと分かっても小十郎がどうにかしてくれるだろうな)

 そう考えてはみても、起きてみれば全然違う場所に一人で放り出されるなんて少しは不安になるものだ。
 小十郎のことを思い出した政宗は、毛利に待遇されながらもやはり寂しさを覚えた。
 同時に、元就も心配だった。

(あの人、大丈夫だろうか。自分で言うのも何だが、俺の軍ってどうも柄が悪いらしいからな)
「元就様?」
「な、なんだ?」

 朝餉が終わっても自室に篭りながらぼんやりとしている『元就』を見かねたらしく、恐る恐る声をかけられた。
 政宗は一瞬どきりとして、上擦りながらも慌てて返事をする。
 開きっ放しであった障子の間から、政宗よりも幾らか年上のだろう青年が困り顔で佇んでいた。先程の朝餉で挨拶はしたが、元就以外の人間とはあまり交流のない政宗であるから、これは誰だったか咄嗟には思い出せなかった。

「お加減が優れませぬか? 侍医をお呼び致しましょうか?」

 穏やかな物言いで近付いた青年は、政宗の額にそっと触れた。
 政宗の、というか元就の肌に簡単に触れようと思うなど、彼は一体何者だと政宗は嫉妬を含ませながらも軽く混乱に陥る。一応は恋仲である自分でさえも、元就に触れられることは滅多に無いというのにだ。

(はっ、まさか浮気なのか? 寧ろ俺が現地妻状態だっていうのか!?)

 とてつもない衝撃を受けながら目の前の青年を睨み付けてみると、分かってないのか温和な笑顔で首を傾げられた。
 確かに顔はいい。毛利に仕えているくらいなのだから家柄も相当では無いだろうか。
 纏う空気の類は違うが、元就の面影がどことなく漂っていて――。

(ん? 面影がある?)

 自分の思考にひっかかりを覚えた政宗は、何とも言えない呻き声を上げ、青年を見上げる。
 答えられない主に眉を顰めた青年だったが、何故か急に合点がいったようで満面の笑みを浮かべて両手を打った。

「もしかして昨夜の文って、伊達政宗からの濃厚な恋文だったんですか!? わぁ父上、おめでとうございます! 今日は赤飯ですね!!」
「んなもん送ってねぇぇぇぇ!」

 政宗は顔を赤らめて、思わず全力で叫んでしまった。
 あっと思った時には後の祭りである。
 目の前の青年は顔を真っ青にして、濡縁へと大声で泣き叫び出した。

「父上がご乱心だああああああああ!!!!!!」
「「元就様、いかがなされたっ!!」」

 間髪入れずに続きの間の襖が勢いよく開かれ、凄まじい形相で武器まで帯刀している青年が二人、声を揃えて現れる。
 さらにどたどたと足音が遠くから近付いてくるのが感じられ、政宗はまたもや目の前が真っ暗になりそうだった。

「元就様!」
「元就様はご無事か?」
「大殿、どうされた!」
「父上大丈夫ですか?」
「狼藉者が出たのか!」
「己、また鬼の仕業か」
「者どもであえい!」
「我ら毛利のために!」
「おおおおおおー!」

 ――ああ、もう、収拾が付かなくなり始めていやがるぜ……。

 小十郎も大概政宗に過保護であったが、ここのは規模が違った。
 何故、皆武装しているのだろう。
 何故、自室を張られていたのだろう。
 疑問は次々と浮かぶのだが、政宗が出してしまったぼろのおかげでどうしてだか悪友の元親はつるし上げられるらしい。
 すまん、元親。
 そう心の中で唱えながら、政宗はとにかく額に手を当てていた青年が元就の息子だったということに心底安堵を覚えていた。


 ――友より恋を取りたい、そんな年頃ってあるよね! By. 前田慶次




 一方、奥州では。

「……ザビー様、これも愛を知るための試練なのだな」

 政宗と同じような感じで起きた元就は、眠る前に見た手紙のことを思い起こして気合をいれた。
 色々あって政宗と想い合うことができた今日この頃。好いた惚れたな恋などお互いに一度もしたことはなかったから、何となく距離間が分からないままだった。
 気になることならすぐに探求してしまう元就は、軽すぎる恋の伝道師よりも自分の敬愛する胡散臭い愛の宣教師に相談を持ちかけた。
 で、手紙が届いたのは昨日の夜。
 曰く、「この手紙を枕元に入れて寝ると相手の気持ちが分かるらしいヨ! タクティシャン、ファイト! ザビーより♪」だったので素直に従った結果がこれである。

 片目だけ視界はこんなに不安定なのか。
 政宗も、長曾我部も、よくもまあこれで人の事を遠目から見つけてくるものだ。
 感慨深げに部屋の中をぐるりと見渡した元就は、とりあえず咳払いをしてみた。
 一度言ってみたいことがあった。
 柄にもないことだったからずっと胸にしまっていた。毛利元就ではない今ならば誰にも気付かれないだろう。特に政宗に知られた日には、まともに顔を合わせられなくなるから好機は今しか無い。
 ザビー様は我の事をよく分かっていらっしゃる、と政宗の顔をした元就は爽やかな笑顔を浮かべて感激に打ち震えた。

「政宗様? また夜更かししたのですか、もう朝餉の時間ですぞ」

 起こしに来た小十郎が、朝陽を背に受けて障子の向こうに映り込んでいる。
 とりあえず日に礼をし終わった元就は、できるだけ政宗の口調に似せながら言いたくてうずうずしていた言葉を一つ吐いてみることにした。
 確か、朝の挨拶はこれだった――はず。

「ぐっもー、にん、ぐ?」
「てめぇ、誰だぁぁぁ!!?」

 何故か即行バレたがとりあえずは満足である。
 小十郎に揺さぶられながら、向こうの政宗はどうしているかと考えて少しだけ苦笑してしまった。



 - END -


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特にオチはない投げっ放し。
政宗と過ごすうちに異国語を頑張って覚えていく元就は微笑ましいと思います。
(2009/6/01)


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