>>青 い 春 症 候 群
本日も合戦である。
華々しく武功を上げ続ける伊達家当主、独眼竜政宗は第六天魔王織田信長を討つべく足がかりを得るために、加賀前田家へとちょっかいを出していた。
これが、まあ何と言うか、上杉相手に長谷堂でやりあった時に知り合った前田慶次から聞いた話や、好敵手たる武田の真田幸村の雄叫びから何となく察してはいたのだが――。
正直、やりにくい。
というかこちらの居心地がすこぶる悪いくて堪らない。
「犬千代様、お弁当をお忘れでございますよ!」
「おお、まつー! 今日はおにぎりなのだな!」
きゃっきゃうふふと有り余るLove&Heartを飛ばされ、何だか世界は眩しい。
目の前の光景に、ここは合戦場だったっけ、と政宗は気が遠くなりそうだ。
しかも自分の後ろを守るべき右目もいつの間にやらまつと野菜談義を始めてしまっていて、一体何しに来たんだよお前はとつっこみながらも言い出せず、馬上で一人取り残される。
和気藹々とした空気に呑まれたのは小十郎だけではなく、伊達軍そのものも前田軍と穏やかなLunch Timeときたもんだ。
俺の手料理だけじゃ満足できなかったのかこいつらっ!
――そんな言葉にできない哀しみを背負いながら、発言権を失った政宗はぼんやりとお花見会場となってしまった戦地を眺める。
午後の陽気が気持ち良い。
利家とまつの仲睦まじさは見るものを明るくさせるのも頷けるだろう。
当たり前だが夫婦なのだ。
仲良く手を繋いだり、好きだと叫び合ったり、それを素直に感受してくれたり。いつまでも新婚気取りなのは少しばかりひっかかったが、まあ結婚生活は人それぞれである。
「まつの料理は美味くてなぁ。この間の鍋は、片倉殿から頂いた野菜を沢山使ったのだ」
「ほう、鍋を」
「その節はありがとうございまする。犬千代様ったら食べ過ぎで動けなくなってしまいまして……」
馬の頭に肘をかけていると、妙な視線を愛馬から受けるのでとりあえず政宗は降りた。することもないため、側の小川で洗ってやることにする。
黙々と作業しながら、政宗は思いっきり溜息を吐き出すのだった。
「俺だって手作り弁当の一つや二つ慕う相手に渡したいっつーの」
投げやりな言葉を思わず呟いてみると、ますます惨めである。
頭を抱え出した若人に、愛馬は達観したような眼差しで鼻を鳴らした。長い睫毛の隙間からくるりとした瞳で見下されると、励まされているのか頑張れ若者!と親指突っ立てられているのかよく分からない。っていうか、馬にそんな幻覚を重ねる自分は相当やばいのかと、ますます落ち込んでしまう。
「そもそも俺ら恋人同士なのか? 結婚するとああいう風になれるものなのか?」
前田夫婦の惚気をBGMに、政宗は地面にのの字を描き始めた。
友達いない歴××年。一人遊びなどお手の物。
そんな彼がようやく見つけた恋人は――告白していないから世間一般だと恋人とは言わないのだが、政宗的にはLoversなんだと見栄を張っている。周りには聞き流されているがめげない――何を考えているのか分からないし、色んな人から恐れられているし、小十郎からは全力で反対されたし、遠距離もいいところ。筆まめであっただけましであるから、文のやり取りは絶えずあるけれど片道一ヶ月なんてざらだった。
すぐ隣にいればあーんなにいちゃいちゃできたりするのに!
利家とまつを自分と相手に置き換えるという、寂しい妄想をしながら政宗は天を仰いだ。
馬の顔が目に入り、またもや溜息が上がった。
「こいつの背中にあの人を乗せて、夜の海岸線をFull throttleで爆走するのが夢なのになあ」
古懐かしい感じな憧れの図を思い浮かべて、にまりと政宗は笑った。
「……貴様等、戦場を何だと思っておる」
場の空気も頭の中も春の陽気に満ち溢れたような戦場に、涼やかかつ若干退き気味の声が落とされた。
あ、と思った時には緑色の旗が目に付き、描かれている一文字に参星へと気付いた時には大量の弓があめあられのように降り注がれる。
「おお、毛利殿! 奇襲とはやるな!」
「皆様! 犬千代様に続きますよ!」
「おおおおおお!!」
苛立ちが増している来訪者は、ご飯粒をつけたまま進軍してくる前田軍を眺めながらさらにこめかみに青筋をたてた。
そんな感じで、今日の戦はようやく始まった。
置いてけぼりな伊達軍を気にすることもなく、両者は至極真面目に、というか毛利軍は完全に八つ当たり体勢だ。
わざわざ織田牽制のため中国から出向いてきた元就はただでさえ苛立っていただろうに疲労やら何やらを溜めていたところ、前田夫婦のいちゃつきでぷっつんときちゃったのだろうなーと政宗は吹っ飛ばされている前田軍の兵士達を見上げながら感慨深げに溜息を吐く。
「政宗様、鍋のレシピも貰ったのでとりあえず今日は帰りましょうか」
「え、おい、ちょっと待て! 俺はこれが終わったら元就さんをDeteに誘うんだ! ていうかお前、何しに来たんだよホント!?」
「はいはい流れ矢に当たりますか退きましょうね」
「おいこら小十郎!!」
きーきー喚く主君の首根っこをさっさと掴み上げた小十郎は、とても良い笑顔で全軍後退命令を布いた。
だが、政宗とて負けてはいない。
元就と会ったのはすんっっっごく久しぶりなのである。好いた相手に道端で出会って何のRe actionも取れない男がいるだろうか。
少なくとも伊達者として常に人様の斜め45℃付近を歩いている伊達政宗様は、そんな野暮なことはしないんだぜ!と、ちょっぴり緊張してしまう心に鞭打ちながら、政宗は小十郎から逃れるべく、兜を脱いでしまうと思いっきり彼の手の甲にそれを落とした。
「ぐあっ! ま、政宗様、やるようになりましたな!」
「俺がいつまでも告白一つできない軟な男だと思うなよ! 奥州筆頭伊達政宗、推して参る!」
そんなこんなで政宗は一人、殆ど乱闘状態である合戦場へと突っ込んで行った。
夢のきゃっきゃうふふを目指すべく、がら空きの背中を集中的に狙われながらも、政宗は走った。走って走って、その勢いのまま元就の正面へ手を出した。
「俺と、付き合って下さいっ!!」
一瞬静寂が辺りを包み、政宗の絶叫は全軍に響いてしまった。微妙な沈黙が続き、ある者は恥ずかしさでのた打ち回り、ある者は顔を赤らめながら顔を逸らし、ある者は自分の青春時代を思い出し、ある者は微笑ましげに見守った。
そして戦場は、中学生日記も真っ青なくらいに今度は青い春の陽気に呑み込まれていくのだった。
で、結果はどうなかったというと。
「小十郎、この間手を繋いだんだぜ!」
「小十郎、この間弁当美味いって言われたんだ!」
「小十郎、あの人と今度出かけてくるぜ!」
「小十郎……こ、この前な、その」
「ああ……だから反対していたのに、最早手遅れか」
鍋をつつきながら政宗の定期報告会を聞くのも、奥州では定番の光景になりつつあったらしい。
自分は主君の保護者ではないのだがと思いながら、いちいち相槌を返してしまっている時点で甘やかしているのだろうかと小十郎は少しばかり悩んでいたのだが、感覚が麻痺してきたのか最近は親身である。
とりあえず確かなのは、今も二人の文通は恙無く続いているらしいということだ。
- END -
...............................................................................................................
花の十九歳な政宗の脳内は、こんな感じ。
遅れてきた青春時代を今から謳歌しています。
(2009/5/31)
←←←Back