ニハツトリ
「アンタ鶏なんて飼っているのか?」
郡山城を訪れた政宗は、毛利の陪臣達に聞いて元就の屋敷の裏庭へとやってきた。そこで見た珍しい光景に思わず目を瞠らせると、しゃがんでいた元就がいつもの無表情で振り返った。
足元には餌なのだろう雑穀の類が撒かれており、数匹の鶏が一心不乱に啄ばんでいる。
「珍しくもなかろう。貴様とて鷹をよう愛でておるではないか」
「別に愛玩用じゃないぜ?」
前に鷹狩へ誘った時のことをきちんと覚えている元就が律儀で、少しだけ嬉しくなる。
確かに政宗は鷹狩をよく好みそれなりに可愛がってはいるが、別に自分で世話をしているわけではない。
だがこの鶏は元就から直接餌を貰っているのは明白で、城主自らがそれをやっているくらいなのだから元就が好きで飼っているのだろうことが分かる。
よく慣れているのか、餌を食べ終わってもしばらく元就の足元を右往左往して時折啄ばんでくる。もっと、と催促しているらしいのだが、元就は知らん顔したままじっと鶏を眺めていた。
「鶏、好きなのか?」
会話が途切れて気まずくなった政宗は、濡縁に腰を掛けてぼんやりと庭を見た。
隅に小屋のようなものがある。
確かにここの屋敷で飼っているのだろうが、生き物と元就の組み合わせがなかなかうまく結び付かず、つい疑問を投げ掛けてしまう。
「長曾我部も鸚鵡とやらを連れていたな。あと、前田の何某が小猿を一匹連れておった」
「Ah……それと関係あるのかよ」
名前をまだ覚えてもらっていないらしい慶次の顔を思い浮かべながら、なかなか貰えぬ答えに焦れてぶっきら棒に返してしまう。
元就の口から他の男の名前が出るのも気に喰わないというのに、よりによって最初に出てきたのが元親だ。自分よりもずっと前から元就の事を気にかけている悪友には、どうしても妬いてしまう。
そんな政宗には頓着せず、元就は話を続けた。
「真田も猿を連れておるし、貴様には右目を補う竜がおる」
「What? 毛利、愛玩動物の話をしているんだよな?」
「愛でて遊ぶだけであるものなぞ使えぬ」
何だかおかしな方向へ向かい始め、政宗は小首を傾げた。
だが元就が背を向けている状態ではその意図がうまく読み取れない。
腰を上げた政宗は、三歩ほど離れていた元就との距離を零にして同じようにしゃがんでみせる。
元就の横顔を残った左目が捉えた。
「……もしかして、アンタ妬いてたのか?」
「……悪いか」
ばつが悪そう切れ長の目を伏せる元就に、政宗はじんわりと感動を覚えてしまう。
遠回し過ぎて何が何やら分からなかったのだが、つまり元就は政宗が遠く離れた奥州にいる間中、ずっと小十郎と一緒だっただろうことに拗ねているのだ。
政宗の方を一度しか見なかったのは、不貞腐れたような顔を見られたくなかったのだろう。
妙にむず痒くなって口元を歪めた政宗に、元就はむっと口を尖らせる。
「貴様のお守りだとは分かっておる。だが、時折ふと今頃奥州ではどうしているか気になるのだ。ただそれだけだ」
「はっ! 可愛いこと言ってくれるじゃねえかよ、My sweet!」
ご機嫌斜めの恋人の頬に口付け、政宗はにんまりと口の端をつり上げた。
相手が尊大な態度ながらも照れ臭さで赤くなっていることに元就は気付いていたものの、そんな判り易い背伸びの仕方が子供っぽくて自然と笑みが零れてしまった。
不意打ちのように向けられた微笑に今度は政宗の方が固まったのだが、気にせずさっさと元就は濡れ縁を上がった。
鶏が不思議そうに政宗を見上げていたが、それもすぐに飽きたのか小屋の方へと帰っていく。
「鶏は好きだ。卵が美味い。今度奥州へ誘う時は用意しておけ」
足を止めて振り向いた元就は、楽しげに先程の答えをくれた。
ひょこひょこと動く鶏の尾に政宗は苦笑し、そのまま行ってしまった元就を追いかけるため屋敷へと上がり込む。
頭の中で料理の献立を考えながらも、とりあえず今は離れていた月日の分を埋めるべく、火照った顔も冷ませぬまま目前に迫った元就の姿へと腕を伸ばすのだった。
- END -
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元就が飼っていた動物といえば鶏。
(2009/5/26)
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