そして一日が終わる
茜は、夕焼けに染まるすすき野原が好きだった。
淡い麦色の柔らかな穂が徐々に柑橘色に変わっていく様は、何度見ても美しく見えて、茜を楽しませた。
彼女は名の通り、赤い着物を好んでいた。炎の揺らめきよりも控えめな朱色の浮雲がたなびき、赤とんぼが舞っている綺麗なおべべは、茜がねぃさんに頼み込んで作ってもらったお気に入りだった。
茜の燃えるような髪と目に合うようにと、ねぃさんは気を利かせてくれた。腰帯はねぃさんが懸命にこさえたより紐で押さえられ、結ばれた先にはにぃさんが作った大きな鈴がぶら下がっている。
ねぃさんの裁縫も、にぃさんの細工物も、茜は大好きだった。
だからいつだって赤い着物を纏って、暮れの時刻にはしゃぎ回って遊ぶことが何より嬉しかった。
「可愛らしい女の子ね、大地兄さん。私と違って生き生きとした赤色が似合うわ」
「そうだねぇ。目もぱっちりしているし、晴子みたいな別嬪さんになるね」
茜が生まれた時、始めて見たのはにぃさんとねぃさんだった。
ねぃさんは少しだけ煤けたような水浅葱の着物を着ていて、煌くような髪と茜と同じ色をした目の対比が、茜の視界一面に飛び込んできた。
その下で笑ったにぃさんの素朴は笑顔はとても温かかった。泥で汚れたにぃさんの背中や優しい若草色の大きな瞳は、いつだって茜を守ってくれる。
ねぃさんは時々、茜に不思議な刺繍を見せてくれた。
一度も接ぎ直していない一本の色糸で、丁寧に針を刺していく。
その糸がどれくらい長いのか、茜は確かめようとしたこともある。糸巻きはずっとずっと回るばかりで、終わりが見えなかった。
ねぃさんはくすくす笑い、得意気に自分の洋服の裾に作った鮮やかなその刺繍を広げて見せてくれる。この時ばかりはねぃさんが少々子供っぽく見えた。
にぃさんは五色じゃないかと言っていたが、茜にはその刺繍は全部で七色から作られているのだと思っていた。
どちらでも間違いじゃないわ、とねぃさんは満足そうに微笑んだ。
にぃさんは茜とねぃさんを見上げてばかりいたが、いつだって不服じゃないのだと茜に言う。
にぃさんに背負われる時はにぃさん自身が眩しく見えたし、ねぃさんが朝早くに起きる時にだって茜が起きるずっと前から、二人のことを見守ってくれている。
だから茜もにぃさんを哀れんだりなんて、失礼だと思っていた。にぃさんはどんな時でも二人を見ていてくれて、茜の好きなすすき野原も、ねぃさんがくれる綿菓子も、見えないところで一生懸命こさえてくれている。
茜の鈴も、立派なやぐらも、聞こえてくるお囃子も、にぃさんが子供達と一緒に作ったのだ。
にぃさんの子供達が食べる穀物も、にぃさん自身が育んでいる。四角い田園は茜の好きなすすき野原にも良く似ていて、茜もにぃさんと一緒に上機嫌で眺めていた。
「さぁさぁ茜、もうおやすみの時間だよ」
「もうですか? もうちょっと遊びたかったなぁ」
にぃさんに急かされて、茜は寝床へ赴いた。
裁縫やにぃさんの庭への水撒きに疲れたねぃさんは、茜よりも早く寝てしまう。にぃさんはまだ仕事をしているため、茜はこの時間一人だった。
けれど茜の好きなこの季節は、背中の鈴の音もお囃子の声も良く聞こえて、彼女は寂しくなかった。
そろりと視線を下ろしてみると、にぃさんの庭の田園伝いに提灯の光が灯っていた。にぃさんの子供達は楽しそうにせっせとお供え物を作り、忙しそうにやぐらへ運び込んでいる。
茜はねぃさんの隣でまどろみながら、その光景を傍観していた。
にぃさんはお神輿の中に座って、満面の笑みを浮かべていた。
土手を子供が走りぬけ、いよいよ歓声が上がる。
お神輿は彼等に持ち上げられ、やぐらへ向かって運ばれていった。お囃子を奏でる者達は皆、茜と同じ鈴を鳴らしている。
茜の好きなすすき野原に似ている、穀物が無事に収穫できたのだと子供はにぃさんに感謝しているのだ。それが彼女にとっては少し遠い場所の出来事のように思えた。
天鵞絨の掛け布団を引き付け、茜はゆっくり瞼を下ろす。
きっと明日になればまた、ねぃさんがいて、にぃさんがいて、茜はすすき野原へ遊びに出かけるだろう。
そう考えながら、茜は夢の世界へ旅立った。
太陽は沈んだ。夜が訪れる。
晴子と茜の眠った星空を見上げていた大地は、祭の騒ぎに向き直った。
秋の豊作を祝い、大地の子等はそれぞれの宴を続けていた。
大地を運んだお神輿は祭壇に納められ、稲の穂が恭しく捧げられている。
きちんと育って良かったと、穂先の一つを風で揺らした大地は再びやぐらの隙間から天上を見上げる。
「かあさま、僕ら、今日も幸せに過ごせましたよ」
そういって一層笑みを深くした大地もまた、眠気には耐え切れず欠伸を一つ漏らした。
晴子と茜の向こう側では、無限に続く闇が慈愛を持って大地達を見下ろしている。
- END -
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